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東京地方裁判所 昭和56年(行ウ)76号 判決 1983年12月12日

原告

川田栄一

右訴訟代理人

白井正明

白井典子

被告

三田労働基準監督署長

光野義治

右指定代理人

坂本由喜子

外四名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  原告

「被告が原告に対し、昭和五四年三月二二日付発送の郵便によりなした労災就学援護費不支給処分を取消す。」

二  被告

(本案前)

「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」

(本案)

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、原告に対し、原告が昭和五三年四月二四日になした労災就学援護費(以下「援護費」という。)の支給申請(以下「本件申請」という。)に対し、同五四年三月二二日付発送の郵便により、援護費不支給の通知をなし(以下「本件処分」という。)、その理由は「労災就学援護費支給決定事務処理要領(ハ)、災害発生から三年経過し、廃疾等級第三級第六号に該当する者で治ゆした場合障害等級第五級第一号の二に該当するので不支給決定とした」というものである。

2  本件処分は、以下の理由により違法であるから取り消さるべきものである。すなわち、

(一) 原告は、昭和三〇年ころより長期にわたつて防蝕作業に従事した結果、慢性スチレン中毒症に罹患し、昭和五二年四月に労働者災害補償保険法(以下「労災法」という。)に定める傷病補償年金の受給基準である同法施行規則(以下「規則」という。)別表第二廃疾等級表の廃疾等級第三級第六号に認定され、以後現在に至るも治ゆすることなく、右傷病補償年金を受給している。

(二) 原告には、昭和三三年四月六日生れの長女川田景子がおり、同人は昭和五三年四月北里大学に入学し、同五七年三月卒業した。

(三) 労災法二三条の労働福祉事業として、援護費の支給制度が設けられており、昭和四五年一〇月二七日付労働省労働基準局長基発第七七四号労災就学援護費支給要綱に基づき、次の要件を充足した者に対し、申請により援護費が支給されることとされている。すなわち、

傷病補償年金の受給権者であつて、災害発生から三年を経過し、規則別表第二の廃疾等級第三級第一号、第二号および第六号に該当する者のうち、治ゆした場合に規則別表第一障害等級表の障害等級第一級ないし第三級に相当すると見込まれる者が、その子弟の学資の支弁が困難である場合には、大学に在学する者については月額金一万一〇〇〇円の援護費が支給されることになつている。

(四) 原告は、右支給要件に合致するので本件申請をなしたところ、被告から本件処分を受けたものであるが、これが右の支給要件の適用を誤つた違法なものであることは前記(一)ないし(三)により明らかである。

(五) よつて、本件処分の取消しを求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1の事実は認める。被告が本件処分をなしたのは、原告が治ゆした場合規則別表第一障害等級表の障害等級第五級第一号の二に相当すると見込まれたからである。

2  同2(一)ないし(三)の事実はすべて認めるが、本件処分が違法であるとの主張は争う。

三  被告の主張

1  本案前の主張

本件処分は、次の理由により、行政事件訴訟法にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」ではないから、その取消しを求める本件訴えは不適法であり却下すべきである。すなわち、援護費の支給は、労災法二三条に規定する労働福祉事業の一つである就学の援護の事業として行われているものであるが、保険給付が法の定める要件および手続による支給決定、すなわち公権力の行使たる処分を介して行われるのに対し、労働福祉事業については労災法二三条において、労働福祉に関する各種事業を行うことができる旨、その実施に関して必要な基準は省令へ委任する旨(二項)および労働福祉事業団の一部代行(三項)を規定しているにすぎず、支給手続については何らの定めをしていない。これは公権力の行使として運営するのになじまない非権力的な事務として扱うのが適当であるという立法者たる国の判断によるものと解される。

したがつて、援護費について、いかなる場合に、どのような種類および内容の援護を行うかなど、実施については、運営上の便宜を考慮し、政府が労災法の目的(一条)に従い裁量によつて決するところに委ねられており、法的に実施を義務づけたり、被災労働者等に具体的権利として付与しているものではなく、その支給は政府が保険者たる地位に基づいて行う非権力的なサービスであると解するのが相当である。

援護費の支給、不支給の決定については、労働省の通達である昭和四五年一〇月二七日付基発第七七四号の労災就学援護費支給要綱(以下単に「要綱」という。)および昭和五三年五月一九日付基発第二八五号の「労災保険業務機械処理手引(年金・就学援護費)」の就学援護費編中の支給決定事務処理要領(以下単に「要領」という。)によつて行われており、その支給決定事務手続は右支給決定事務処理要領により次のとおりとなつている。

(支給要件の確認)

署長は、受給権者から「労災就学援護費支給変更申請書」(様式第一号)および必要な書類が提出されたときは、その内容を審査し、次の各支給要件に該当するか否かを確認する。

(受給権者の確認)

援護費の支給を受けることのできる受給権者は、

イ 年金の給付基礎日額(スライドの適用ある場合はスライド率を乗じた後の額)が九〇〇〇円以下の者。

ロ 学資の支弁が困難と認められるもの。

のほか、次のとおりであるので確認すること。

(傷病年金((受給者の場合)))

イ 災害発生から三年経過している者で廃疾等級第一級および第二級に該当する者。

ロ 災害発生から三年経過している者で廃疾等級号第三級第一号、第二号および第六号以外に該当する者。

ハ 災害発生から三年経過し廃疾等級号第三級第一号、第二号および第六号に該当する者のうち、治ゆした場合傷害等級第一級ないし第三級に相当すると見込まれる者。

(障害年金((受給者の場合)))

障害等級第一級ないし第三級に該当する者。

(遺族年金((受給者の場合)))

全受給権者。

となつているが、これは行政機関内部の判断基準として、公平を期するためのもので、この基準をみたしたか否かによつて、被災労働者らに具体的権利の付与を行う趣旨のものではない。

また、保険給付については、これに不服がある場合について特別の審査手続が法定されている(労災法三五条一項)のに対し、援護費についてそのような定めがないこと、およびその費用は労災保険料のうちの付加保険料によつて賄われ、毎年予め予算をもつて国会の意思を問わねばならず、必ずしもその支出金が保障されていないことからしても、被災労働者に権利として保障されているものではないといわなければならない。

2  本件処分の正当性

(一) 援護費の支給要件は前記1のとおりであるところ、これによれば、原告は規則別表第二廃疾等級表の廃疾等級号第三級第六号に該当する者であるから、原告が援護費の支給を受けるためには、治ゆした場合規則別表第一障害等級表の障害等級第一級ないし第三級に相当すると見込まれる者に該当することが必要である。

(二) 被告は、本件申請につき、その支給要件の確認を行つたところ、要領の受給権者の確認のイおよびロの各要件を充たしたが、他の要件を充たしていないため不支給としたものである。すなわち、原告の場合は傷病年金受給者であつたから傷病年金受給者の確認事項のうち、イおよびロには該当しなかつたので、ハの項の治ゆした場合の障害等級の見込みについて確認を行つた。

第一に、治ゆ後の障害等級の見込みについて、労働福祉事業団の運営する病院で、労働災害について必要な鑑別診断、障害認定等の専門的病院である東京労災病院において原告に諸検査を受けさせ、その結果に基づく意見を求めたところ、昭和五四年二月二七日付で同病院から、同病院の遅塚令二医師作成の意見書(乙第四号証)が提出された。その総合意見によれば、原告の症状は、慢性スチレン中毒としてすべてを説明できず、糖尿病等の基礎疾患、心気症的な傾向も存在すると考えられ、単身での通院可能な程度の障害であるとのことであつた。

第二に、原告が昭和五二年、五三年に提出している「年金たる保険給付の受領権者の定期報告書」添付の原告の主治医である石川孝夫医師作成の診断書(乙第五、六号証の各二)によれば、原告の療養補償給付から傷病補償年金への移行時の症状は、「日常生活の状況について、通院(単独歩行)、食事、用便、言語能力は支障がなく、精神能力も、通院可能であるが就労できない。他覚的所見は、皮ふ症状は主に胸背部に、冷え、しびれ、疼痛あり、その他四肢、また、諸検査は著変なし」、「今後の六ヶ月間の療養の見通しは要通院、全休業、症状は波があるが固定的」と診断されており、その後の診断書においても「引き続き皮ふ疼痛、知覚異常等はあるがその他は特別の症状なし」とされていた。

被告は、右の第一と第二とに加え、東京労災病院阿部彰医師の意見書および聖マリアンナ医科大学の余村吉一医師の意見書等を参考として原告の治ゆした場合の障害等級は総合判断の結果、障害等級第五級第一号の二に該当すると判断し、第一級ないし第三級に相当すると見込まれる者に該当しないので本件処分をなしたもので、何ら違法とすべきものはない。

(三) ところで、傷病補償年金の廃疾等級と障害補償給付における障害等級とは、以下のとおり全く異なるものである。すなわち、

(1) 障害補償給付

これは、労災法一五条および規則一四条の二の定めにより支給されるもので、労働者の傷病が治ゆしたとき身体に一定の障害が残つた場合に支給されるものである。ここにいう障害とは、労働能力の全部又は一部の喪失状態の原因となる身体の毀損状態であり、その等級の区分は規則別表第一障害等級表記載のとおりである。

(2) 傷病補償年金

これは原告が現在支給を受けている年金で労災法一二条の八、一八条ならびに規則一八条および一八条の二の定めにより支給されるものである。この年金は、同法一二条の八第三項に規定されているとおり、業務上の事由により傷病にかかつた労働者が療養開始後一年六か月を経過した日、又はその日後において、次の要件に該当する場合に、その要件に該当するに至つた月の翌月からその要件に該当する状態が継続している間支給される。

(ア) その負傷又は疾病が治つていないこと。

(イ) その負傷又は疾病による廃疾の程度が労働省令で定める廃疾等級に該当すること。

右(1)および(2)のとおり、障害等級は傷病が治ゆしたときの残つた障害の程度に対し認定される等級であるのに対し、廃疾等級は療養開始後一年六か月を経過した以後治ゆしていない場合の療養過程における症状に対し認定される等級であつて、両者は全く異なるものである。障害等級第三級と廃疾等級第三級とは、似たような文言で表現されているが、両者の第五号を除いては、それぞれ異なる状態を指していることは明らかである。特に原告が該当する廃疾等級号第三級第六号は障害等級第三級には存在しない。したがつて、現在廃疾等級第三級六号に認定されているからといつて、治ゆした場合いかなる障害等級に認定されるか現在の廃疾等級からだけでは分らず、障害等級の認定基準は、昭和五〇年九月三〇日付基発第五六五号別冊に定められている。

四  被告の主張に対する原告の認否、反論

1  本案前の主張に対し

(一) 被告の本案前の主張中、援護費の支給、不支給の決定が、被告主張の要綱と要領によつて行われていることは認めるが、その余の主張は争う。

(二) 援護費の支給は、労災法二三条に定める労働福祉事業の一つであり、同事業は労災保険給付だけでは不十分なところを補充する目的を有する保険給付の従たる制度で、その内容は多岐にわたつているが、援護費の支給は、特別支給金とともに現行法上は労働福祉事業の一つとはされているが本来は保険給付によるべき性格のものであり、将来においては当然保険給付に組み入れられるべきもので、実質的には保険給付と同一の法的性格を有するものとみるべきである。したがつて、保険給付に関する決定が公権力の行使に当たる行政処分であると同様に、援護費の支給、不支給に関する決定も公権力の行使に当たる行政処分であつて、労働基準監督署長の全くの自由裁量に委ねられた単なるサービス行政とみるべきものではない。

労働福祉事業も労災保険給付と同様に保険料によつて賄われており、その支給について予算による制約があるとしても、政府としては毎年これを予算化すべき義務を負担しているものであつて、右の制約があることをもつて、援護費の支給、不支給に関する決定が公権力の行使に当たる行政処分であることを否定することはできない。

援護費の支給、不支給に関する決定に対する不服申立手続が定められていないことはむしろ法の不備ともいうべきであり、かかる場合は一般法である行政不服審査法、行政事件訴訟法の適用があるものというべきで、右の法の不備をもつて右決定が公権力の行使に当たる行政処分であることを否定することはできない。

(三) 労働基準監督署長は、援護費の支給申請があれば、前記要綱、要領に従い、これに定める支給要件に該当するか否かの確認を行い、これに該当すると確認した場合には援護費の受給権が確定されるもので、右の確認は、いわゆる確認行為といわれる準法律行為的行政行為といわれるものである。

2  本件処分が正当であるとの主張に対し

(一) (一)の事実は認める。

(二) (二)の事実中、被告が本件処分をなすにつき、東京労災病院の意見書のほか他の診断書や意見書等をも参考としたとの点および原告が規則別表第一障害等級表の障害等級第五級の第一号の二に該当するとの点は否認し、その余の事実は認める。

(三) (三)の主張は争う。

傷病補償年金の廃疾等級と障害補償給付における障害等級とは異なるものではあるが、その、「廃疾の状態」と「身体障害」とは全く別異の状態を掲げているものではない。その殆んどが重複しており、特に原告のように、傷病補償年金の受給権者であつて廃疾等級第三級第六号に該当する者の「治ゆした場合」の障害等級の認定に際しては、障害者等級認定基準にいう「障害程度の評価は、原則として療養効果が期待し得ない状態となり、病状が固定したときにこれを行うこととなる。ただし、療養効果が期待し得ない状態であつても、症状の固定に至るまでにかなりの期間を要すると見込まれるものもあるので、この場合は、医学上妥当と認められる期間を待つて、障害程度を評価することとし、病状の固定の見込みが六ヶ月以内の期間において認められないものにあつては、療養の終了時において、将来固定すると認められる症状によつて等級を認定することとする。」に従つて等級認定をなすべきであり、原告のように長期療養者の場合、症状固定に至るまで相当の期間を要するので、六か月でも短かすぎるともいえるし、その間廃疾状態が不変であることが明白な場合には、障害等級においても廃疾等級を基準として認定すべきものである。

3  反論

(一) 本件処分の根拠となつているのは、東京労災病院の遅塚令二医師作成の意見書(乙第四号証)であるが、その中で、同医師が、原告には、①四肢のしびれ感ないし疼痛、②胸腹部の冷感、③呼吸困難、④頻脈の「主訴及び自覚症」はあるが、「綜合意見」として「慢性スチレン中毒として全ての症状は説明出来ず、糖尿病等の基礎疾患、心気症的な傾向も存在すると考えられた。いずれにしろ、単身で通院可能な程度の障害であり、第五級第一号を適当と考える」とされたことによる。

しかしこれは、同医師が、原告の職業、その仕事の実情、それによつて曝露された有害物質、発病の経過およびこれまでの病歴、入・通院などの治療歴について詳細に、原告本人からはもとより、原告の主治医の石川孝夫医師からも聞かずに診断したことおよび曝露された物質をスチレン一種と考え、他の有害物質による曝露を考慮しなかつたために、完全な診断ができなかつたことに原因がある。しかも、ただ一回の診察で即断しているし、資料とし、参考にした余村吉一医師の意見書(乙第一五号証)の「心気症的傾向」をあまりに重視しすぎた欠点があり、また、ただ一度の血糖検査だけで、尿糖の検査をすることもなしに糖尿病の存在を認め、四肢のしびれ感ないし疼痛も糖尿病等の基礎疾患によるものと結論付けたことも、あまりにずさんな検診であつたといわざるを得ない。

(二) 原告の発病経過は、次のとおりである。

原告は、日東レヂン工業株式会社に入社し、昭和三〇年ころから防蝕作業に従事した。防蝕とは、化学工業の生産装置である鉄又はコンクリート製の反応塔、貯槽床等を樹脂によつて塗布することをいい、多くはポリエステル樹脂を塗布する。

ところで、そのポリエステル樹脂を使用する直前に、樹脂を硬化させるために硬化剤を混合するのであるが、その際に、樹脂量の五ないし一〇パーセントのスチレンが揮発するとともに、硬化剤の中にも揮発する成分が存在するので、この作業に従事する者は、それらの有害物質に複合的にさらされることになる。また、フルフラール樹脂(硬化剤パラトロールスルホン酸)、エポキシ樹脂(硬化剤テトラエチレンペンタミン、ジエチレントリアシン、アロマティックアミン)、軟質ビニールおよびボンド(可塑剤としてPCBも使用されたことがある)が防蝕用材として使用され、さらにその混合、補強材として石英粉末、エロジ又はカープレックス、カーボン粉末、ガラス繊維が加えられており、その影響も無視することができない。

原告は、昭和三〇年から三一年にかけて、それらの材料を使用して防蝕作業に従事していたが、作業中眼が痛み、鼻汁が出、頭痛がし、悪気に襲われ、ついに稼働できなくなつた。同時に、疲労感もひどい状態になつた。そして昭和三二年五月、眼が痛み、食欲がなく、歯ぐきから出血し、痩身となり、筋肉が痛み、加えて黄疸ということで四五日間入院治療をしなければならなくなつた。実は、このとき既に塩素ガスかスチレン中毒の疑いがあつたのであるが、分明にならなかつた。その後いつたん仕事から離れるが、昭和三三年から三六年にかけて工員の監督、指導ということで、作業に直接従事はしないものの、現場には立会うことになつた。そのため、再び筋肉の疲労感が強まり、皮ふがピリピリと感じられ、痰が出、頻脈が起きるようになつた。昭和三六年八月、右日東レヂン株式会社が分裂し、被告は中央防蝕株式会社に移つたが、エポキシ樹脂、軟質ビニールおよびボンドの使用量が次第に多くなり、そのため右各症状も次第に強度のものとなり、五八キログラムであつた体重も、昭和四一年には四八キログラムにまで減少した。それでも原告は右仕事を続け、昭和四三年にはポリエステル樹脂の防蝕実験を担当、ついに症状が極度に悪化したために、昭和四四年五月、東京労災病院に入院し、検査を受けることになつた。

その検査の中でバイオキシーを実施した結果、筋肉疲労、筋神症の疑いがあるとされたが、阿部彰医師は、診断の結果として「昭和三〇年頃よりポリエステル合成樹脂使用のさいにスチロールを使用し、直接皮膚を露出して接触し、皮膚萎縮及び神経原性の筋萎縮を発現したものと考えられる。長期間使用による慢性スチロール中毒症と考えられ、業務上疾患と考えられる」と結論付け、原告の諸症状はそれに原因があるとされたのである。

そこで、原告は、通院を続け、その間三回も入院せざるを得ない程の重症に陥ることもあつたが、右病院において受けたバイオキシーに対する不信と、原告が訴える症状の強度についての理解が病院側に充分なされないことに対する不満などもあつて大森日赤病院に転院した。しかし、そこでも専門外の病気ということで、同病院において治療を受けつつ慶応病院に赴き検査を受けてみたが、やはり的確な治療法は見つからず、結局、労働科学研究所の紹介による、職業病専門科のある現在の芝病院に通院することになり、以来今日まで治療を受けているのである。

(三) スチレン中毒の場合に出現する症状については、乙第一五号証(意見書)の別表の*印のついた異常内容として列記されているが、これが今日までの文献に表わされている症状であり、原告が防蝕作業に従事し、スチレンなどに曝露され続けたときに出現した症状と、それらの中の眼痛、流涙、鼻汁過多、喀痰、胸部絞扼感、悪心嘔吐、食欲不振、体重減少、易疲労性、頭痛、頭重感などの急性中毒の際の各症状とは合致している。そして、次第に慢性化した段階で同じく神経系にしびれ感、冷感などの異常知覚、知覚鈍麻、筋電図異常が出現しており、さらに、阿部彰医師の生検の結果において神経原性の筋萎縮との診断がなされているところからみると、筋異常、皮ふ異常の症状も、この神経系異常に起因するものと解せられる。

また、それが全身の皮ふの自発痛(ピリピリ)と冷感につながつているわけであるが、聖マリアンナ医科大学の余村吉一医師の意見書(乙第一五号証)によると、「皮膚の疼痛を始めとして各種の皮膚や筋の異常内容はスチレン中毒の文献記述内容と必ずしも一致しない。それらの所見は、むしろエポキシ樹脂中毒の患者にも見出される所見である。因みに、本患者は昭和二九年一二月以来職場において不飽和ポリエステル樹脂、フルフラールエポキシ樹脂、フェノール硫黄、水ガラス、セメント、軟質ビニール、アクリル系樹脂などに接触しており、当初より各種の自覚症状を有していたという。また三一年一〇月以降とくに塩素ガスとスチレンガスを吸入したらしい。これらの点からみれば、本症例は必らずしも一種類の化学物質のみでなく、スチレン、塩素ガス、エポキシ樹脂など、多種類の化学物質による中毒に罹患したのではないかと推定される。以下この意味における混合中毒を単に「中毒」と呼ぶことにする」とあるごとく、原告はスチレンのみでなく、他の防蝕剤による複合中毒であるとみるべきであろう。

(四) 原告の障害等級については、遅塚医師のそれは前記のごとくただ一回の診断で、しかも余村吉一医師の意見書を善解せず、原告が検診に盲目的に従わず不満をもつているところから、そこで指摘されている「心気症」「糖尿病の疑」を針小棒大に取上げた結果の誤つた意見書であり、信用されるべきではない。ことに、等級について「第五級第一号の二」を誤つた記載があるところからもずさんな認定であり、しかもこれは、原告のその時の障害の程度を表わすものであるといつているところから、援護費不支給決定の「災害発生から三年経過し廃疾等級第三級六号に該当する者で治ゆした場合障害等級第五級一号に該当するので不支給決定とした」に利用されたいきさつが不明であり、不支給決定を出す資料としては極めて不適当なものであつた。現に原告は、廃疾等級第三級六号であり、その状況は今日まで変らずに持続しているのである。

なお、原告の症状は自らの精神力によつて克服しており、一人で通院したり出歩くのも、その前に健康の維持増進に努め、その後の苦痛と薬による症状軽減を覚悟しての上での行動であり、今日に至るも連続した作業(軽作業であつても)を行うことができないことは変わつていない。

よつて、原告は、廃疾等級第三級第六号に該当し、それは右不支給決定を受けた当時から既に四年半を経過するも一向に軽作業にも就労できない状態に変わりない状態であることが明白であり、右不支給決定の理由は全く存しなかつたというべきであるから、右援護費不支給決定は取消されるべきである。

五  原告の反論に対する被告の認否

1  原告の反論(一)のうち、遅塚医師の意見書の内容が原告主張のとおりであること、同医師が石川孝夫医師から、原告の職業、その仕事の実情、それによつて曝露された有害物質、発病の経過、これまでの病歴、入・通院等の治療歴について聞かなかつたことおよび遅塚医師が原告に対して診察、血糖検査をしたのが一回であることは認め、その余の事実は否認する。

2  同(二)のうち、防蝕とは、化学工業の生産装置である鉄又はコンクリート製の反応塔、貯槽床等を樹脂によつて塗布することをいい、多くはポリエステル樹脂を塗布すること、ポリエステル樹脂を使用する直前に樹脂を硬化させるために硬化剤を混合するがその際にスチレンが揮発するとともに、その硬化剤の中に揮発する成分が存在するので、この作業に従事する者がこれらの有害物質に複合的にさらされること、フルフラール樹脂、エポキシ樹脂、軟質ビニールおよびボンドが防蝕用材として使用され、さらにその混合、補強剤として石英粉末、エロジ又はカープレックス、カーボン粉末、ガラス繊維が加えられており、その影響も無視することができないこと、原告が中央防蝕株式会社に移つたこと、原告が昭和四四年五月、東京労災病院に入院し、検査を受けることになつたこと、同病院で皮ふ生検を実施し、阿部医師が原告主張のとおり結論付けたこと、原告が同病院で治療を受け、その後大森病院に転院したこと、その後原告が慶応病院に行き、さらに芝病院に通院し、以来現在まで治療を受けていることは認めるが、その余の事実は知らない。

3  同(三)のうち、余村医師の意見書中にかつて筋電図異常が出現したとの記載があること、阿部医師が神経原性の筋萎縮がみられると診断したことおよび余村医師の意見書中に原告主張のとおりの記載のあること(但し、別表*印のついた部分についての主張は除く。)は認めるが、その余の事実は知らない(但し、右別表*印のついた部分についての主張は争う。)。

4  同(四)の主張は争う。

第三  証拠関係<省略>

理由

第一本案前の主張に対する判断

被告は、本件処分は行政事件訴訟法にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」ではないから、その取消しを求める本件訴えは不適法であると主張するので、まずこの点について判断する。

一労災法は、労働者災害補償保険は、同法一条の目的を達成するため、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害又は死亡に関して保険給付を行うほか、労働福祉事業を行うことができるものとし(二条の二)、右事業は労災保険の適用事業に係る労働者およびその遺族の福祉の増進を図るため、政府が行うもので(二三条一項柱書)、その事業内容を規定していて(同条一項一号ないし四号)、援護費の支給も同事業の一つとされ(同項二号)、その実施に関して必要な基準は労働省令で定めることとし(同条二項)、その事業の一部を労働福祉事業団に代行させることができるとしている(同条三項)、が、他に援護費の支給基準、種類、内容等についても、またその支給、不支給に関する不服申立手続等についても何らの規定を設けていない。そして、援護費については労働省令においても何らの規定を設けていない。

2 ところで、現実に、援護費の支給、不支給の手続は労働省の通達である要綱と要領によつて行われており、その支給決定事務手続が要領によると次のとおりとなつていることは当事者間に争いがない。

(支給要件の確認)

署長は、受給権者から「労災就学援護費支給変更申請書」(様式第一号)および必要な書類が提出されたときは、その内容を審査し、次の各支給要件に該当するか否かを確認する。

(受給権者の確認)

援護費の支給を受けることのできる受給権者は、

イ 年金の給付基礎日額(スライドの適用ある場合はスライド率を乗じた後の額)が九〇〇〇円以下の者。

ロ 学資の支弁が困難と認められるもの。

のほか、次のとおりであるので確認すること。

(傷病年金((受給者の場合)))

イ 災害発生から三年経過している者で廃疾等級第一級および第二級に該当する者。

ロ 災害発生から三年経過している者で廃疾等級号第三級第一号、第二号および第六号以外に該当する者。

ハ 災害発生から三年経過し廃疾等級号第三級第一号、第二号および第六号に該当する者のうち、治ゆした場合障害等級第一級ないし第三級に相当すると見込まれる者。

(障害年金((受給者の場合)))

障害等級第一級ないし第三級に該当する者。

(遺族年金((受給者の場合)))

全受給権者。

3 以上によれば、すくなくとも労災法上は、労働福祉事業を行うか否かは政府の自由な裁量に委ねられており、その限りにおいては被災労働者の具体的権利義務には何らの関係もないものというべきである。このことは同事業の一つである援護費の支給についても同一であるが、これについては、前記2のとおり要綱と要領によつて現実に実施されており、このように現実に実施されている限りにおいては、被災労働者の具体的権利義務に何らの関係がないものということはできないものというべきである。すなわち、被災労働者が要綱、要領に定める前記の支給要件を具備するとして援護費の支給申請をしてきた場合、労働基準監督署長はこれが所定の支給要件を具備しているか否かの確認をしなければならず、ここにおいて支給要件を具備するものと確認されることによつて被災労働者に具体的な援護費支給請求権が発生し、逆にこれを具備しないものとされることにより右の請求権が否定されることになるものであつて、右はまさに労働基準監督署長がその与えられた優越的地位に基づいて一方的に行う公権的判断であり、また、その性質上その自由裁量に委ねられたものということはできないものというべきである。確かに右は前記通達である要綱、要領に基づくもので、法律にその直接の規定は存しないものの、前記1のとおり労災法にその一般的規定が存する以上は、右労働基準監督署長の地位、権限や援護費支給請求権はいずれも法律上のものであると解するを相当とする。

労働福祉事業は保険給付と並んで労災保険制度の主要な部分を形成している労災保険の附帯事業であり、その費用も一部少額の国庫補助金を除いて事業主の負担する労災保険料(附加保険料)によつているもので、<証拠>によれば、労働福祉事業の中でも、援護費は特別支給金と並んで極めて保険給付に近い性格を有しており、本来は共に保険給付の一部として構成すべきものであるとされていることが認められ、この認定に反する証拠はない。そうだとすると、現行法の解釈としても、援護費の支給、不支給に関する決定についても、それが「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とされている保険給付に関するそれとできうる限り同一に取扱うことがその性格に最も適合することになるものというべきである。労災法は保険給付については特別の不服申立手続を設けている(三五条一項)が、援護費の支給、不支給についてはかかる特別の規定を設けていない。しかし、行政不服については一般法である行政不服審査法があり、特別法において特別の不服申立手続を定めない限り、右一般法である行政不服審査法が適用される(同法一条)ところから、右の労災法の規定の有無だけをもつて両者を別異に取扱うことの合理的理由とはなし得ないものというべきである。また、援護費の支給について予算上の制約があることはむしろ当然のことであり、かかる制約上一般的に労働福祉事業としての援護費の支給を行わないということであればともかく、現に前記要綱、要領に基づいてこれを実施しながら、具体的な援護費の支給申請に対し、それが所定の支給要件を具備しているにかかわらず、予算上の制約があるとしてこれを支給しないものとすることは許されないものというべきであるから、予算上の制約があることをもつて援護費の支給、不支給に関する決定が全くの自由裁量に委ねられた単なるサービス行政であつて、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」ではないとすることはできないものというべきである。<反証排斥略>。そして、他に本件処分が「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」ではないとする合理的理由を見出すことができない。

二以上説示のとおりで、本件処分は、行政庁である被告の処分その他公権力の行使に当たる行為であるというべきであるから、その取消しを求める本件訴えは適法であるというべく、これが不適法であるとする被告の主張は理由がなく、採用し難い。

第二本案についての判断

一請求の原因1および2の(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがなく、右の事実と前記第一の一2の事実によれば、原告は規則別表第二廃疾等級表の廃疾等級号第三級第六号に該当する者と認定されて、傷病補償年金を受給する者で災害発生から三年を経過しているので、原告が援護費の支給を受けるためには、治ゆした場合規則別表第一障害等級表の障害等級第一級ないし第三級に相当すると見込まれる者に該当しなければならないことも当事者間に争いがない。

二そこで、以下右の点について検討する。

1  被告が本件処分をなすにつき、労働福祉事業団の運営する病院で、労働災害について必要な鑑別診断、障害認定等の専門的病院である東京労災病院において、原告に諸検査を受けさせ、その結果に基づく意見を求めたところ、昭和五四年二月二七日付で同病院から、同病院の遅塚二医師作成の意見書(乙第四号証)が提出されたこと、その総合意見によれば、原告の症状は、慢性スチレン中毒としてすべてを説明できず、糖尿病等の基礎疾患、心気症的な傾向も存在すると考えられ、単身での通院可能な程度の障害であるとのことであつたことは当事者間に争いがない。

2  <証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一) 被告が本件処分をなすにつき意見を求めた東京労災病院の担任医師遅塚令二は臨床中毒学を専門としており、我が国内においては他に同じ専門の医師がいないこと。

他方、昭和四六年三月二三日以降原告を継続的に治療している芝病院の石川孝夫医師は、原告の他に有機溶剤中毒患者の診察、治療等の経験がなく、専門は内科で職業病科であること。

(二) 遅塚医師が原告を診察し、諸検査を実施して前記意見書を作成する以前に、同医師に対して、いずれも原告に関する、原告の主治医である芝病院の石川孝夫医師作成の昭和五二年四月一九日付(乙第五号証の二)、昭和五三年一月二五日付(乙第六号証の二)の診断書二通と東京労災病院の阿部彰医師作成の昭和四四年六月二三日付意見書(乙第一四号証)および聖マリアンナ医科大学第一内科余村吉一医師作成の昭和五一年八月二九日付意見書(乙第一五号証)が送付されており、遅塚医師はこれらにより原告の長期にわたる病状の経過をみて、その診察、諸検査を実施し、意見書を作成したものであること。

(三)(1) 右の石川医師の診断によれば、原告は(ア)昭和五二年四月一九日当時、日常生活の状況として「通院(単独歩行)、食事、用便、言語能力に支障はなく」、精神能力も「通院可能であるが就労ができない」、他覚的所見において「皮ふ症状は主に胸背部に冷え、しびれ、疼痛あり、その他四肢」、また諸検査は「著変なし」とされ、「今後の治療は効力あり」、今後六か月間の療養の見通しは「要通院、全休業、症状は波があるが固定的」と診断され、(イ)昭和五三年一月二五日当時、「皮ふ疼痛、知覚異常」等はあるが、その他は特別の症状はないものと診断されていたこと。

なお、原告は現在に至るも芝病院に通院して石川孝夫医師の治療を受けているが、同病院へは単独で通院していること、治療内容は当初から変らず、鎮痛剤と末梢の循環をよくする薬等の投薬程度で、投薬を続ける限り悪化することはなく、これを中止すると悪化する状態で、回復の見込みはないこと、かかる状況であるところから、石川医師としては、原告の場合、通勤を伴うような作業はできないが、これのない軽作業であれば就労可能であること、しかし、疲れ易く、持続力がないので、二、三時間以上の継続的作業はできないものと判断していること。

(2) 右の阿部医師の意見によれば、原告は、昭和四四年六月二三日当時、慢性スチレン中毒症により規則別表第一障害等級表の障害等級号第七級第五号を適当と考えるとされていたこと。

(3) 右の余村医師の意見によれば、原告は、昭和五一年六月当時、慢性スチレン中毒症による皮ふ疼痛が残つていて治療困難なものであるが、右の皮ふ疼痛には精神的要因も大幅に関与しているとされていたこと。

(四) 遅塚医師は、以上の診断書、意見書等を参考として原告につき意見書を作成するに必要な各種検査を実施し、その意見書(乙第四号証)には、異常と認められた結果だけを記載したものであること。

まず、当時原告が同医師に対し述べていた「主訴及び自覚症」は、

1 四肢のしびれ感

2 胸腹部の冷感

3  呼吸困難

4  頻脈

であり、右検査結果によれば、原告には血糖と尿糖の検査結果に異常があり、中等症の糖尿病で、右四肢のしびれ感は殆んどスチレン中毒の症状であるといえるが、その疼痛はむしろ糖尿病による可能性の方が大きいものといえること。

原告の肺活量等の換気パターンは正常であるが、前記呼吸困難の一つのデータとなる肺の細気管支の病変を発見するための検査および肺胞の中の空気と動脈を流れている血液の中の酸素の分圧の差を見出す検査では悪い結果が出ているものの、これらの検査は、例えば意図的に呼吸を止める等の本人の意思によつてその結果を左右することも可能であつて、必ずしも客観性を保障し得ないものであるばかりでなく、一般にスチレン中毒は、知覚神経、中枢神経、末梢神経に異常がみられるもので、これにより呼吸困難になるようなことは考えられないこと。

心電図によれば、原告には心室性期外収縮(心室が心房と連動して収縮しないで、勝手に収縮してしまう。)があり、これが頻脈の原因になつているものといえるが、これは年令が高くなるほど多くみられるいわゆる加令現象であつて、老人の一般的所見ということができ、直ちに治療等の措置を心要とするものではないこと。

原告には心気症的傾向も認められ、スチレン中毒は、一般的にはその原因を除くことにより徐々に回復するものであるが、原告の場合回復せず、症状固定と認められたこと。

以上により、遅塚医師は、原告の場合基本的にはスチレン中毒症に罹患しているものであるが、これに糖尿病、心気症的傾向が加わつて前記の「主訴及び自覚症」が現われているものと診断し、これに原告が単身で東京労災病院に赴いて同医師の診察等を受けたことおよび診察室等への出入り等の原告の動作、態度等を総合的にみて、原告が治ゆした場合は、神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの、と判断し、規則別表第一障害等級表の第五級第一号の二に該当するものと判定したこと(乙第四号証の意見書には「第5級第1号を適当と考える」と記載されているが、これは誤記である。)。

右は、遅塚医師としては、最も原告に有利、すなわち悪い症状があるものとして判定したものであること。

以上の事実によれば、遅塚医師の前記意見書における判断内容には何らの不合理、誤りは認められず、極めて適正な内容であるというべきである。

<反証排斥略>、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  以上によれば、遅塚医師の前記意見書に基づいて、原告が治ゆした場合、規則別表第一障害等級表の第五級第一号の二にいう神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないものに相当するので援護費の支給要件を具備せず、したがつてその支給ができないとした本件処分にはこれを違法として取消すべき瑕疵はなく、証人石川孝夫の証言も必ずしも右の結論に抵触するものとはいえず、他に本件処分を取消すべき瑕疵を認めることができない。

なお、原告は、一回だけの診察と不十分な検査で、しかも原告の主治医である石川孝夫医師の意見をも聞かないでした遅塚医師の意見書は誤つており、これに基づいてなされた本件処分も誤つており取消すべきであると主張しているが、遅塚医師の意見書の作成が前認定のような経緯と内容であることおよび遅塚医師と石川医師との原告に対する診断が基本的に大きな違いのないところから、原告の右主張は採用し難い。

また、原告は、原告のような症状の場合には規則別表第一の障害等級の認定は、規則別表第二の廃疾等級表を基準として認定すべきものであると主張するが、右両者がそれぞれ異なる目的で設けられたものであることは明白であつて、原告主張のとおり認定すべき根拠は全くないものというべきであるから、原告の右主張も採用し難い。

三以上説示のとおりであるから、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。 (渡邊昭)

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